一つ一つのことと向き合うように、複数を同時に見つめて同じように考えることはできないというのが、
この次元に生きる”わたしたち”なのかもしれない
いわば次元を超えて、パラレルに想像をすることができれば、暴力的な手段などとらなくてもいいのに
ある何かを見つめて焦点を合わす時
その後ろにあるもの、その手前にあるものには焦点が合わない
カメラレンズであれば、絞りを上げていけば全て同時に焦点を合わせることができるが、
光の量が足りないと真っ暗でなにも見えない
わたしたちの目も瞳孔の変化で工夫されているが、
世界が立体的に見えるのは両目から入ってきた像を頭の中で合成しているから
世界認知は自分から見た世界、誰かから見えた世界を取り入れて、さしずめ統合を試みているとでも言おうか
両目、両耳から入る情報にはずれがあり
自分から見える世界と誰かが見た世界にはずれがあり
その、ずれ
ずれがないと世界はわからない
ずれがないと思うならそれは何もわかっていない
だからみんながスタートラインを揃えれば、シンクさせればフェアだと言うのもまた幻想だ
法であろうが、国家であろうが、テクノロジーであろうが
ある側面からはシンクの妙、面白さはあるのは違いないが、それでもやはり話は最初に戻る
SCIRE | 11th Anniversary
あなたの焦点はいまどこに?
一つ一つのことと向き合うように、複数を同時に見つめて同じように考えることはできないというのが、この次元に生きる”わたしたち”なのかもしれない。いわば次元を超えて、パラレルに想像をすることができれば、暴力的な手段などとらなくてもいいのに。
ある何かを見つめて焦点を合わす時、その後ろにあるもの、その手前にあるものには焦点が合わない。カメラレンズであれば、絞りを上げていけば全て同時に焦点を合わせることができるが、光の量が足りないと真っ暗でなにも見えない。
わたしたちの目も瞳孔の変化で工夫されているが、世界が立体的に見えるのは両目から入ってきた像を頭の中で合成しているから。世界認知は自分から見た世界、誰かから見えた世界を取り入れて、さしずめ統合を試みているとでも言おうか。
両目、両耳から入る情報にはずれがあり、自分から見える世界と誰かが見た世界にはずれがあり、その、ずれ。ずれがないと世界はわからない。
ずれがないと思うならそれは何もわかっていない。だからみんながスタートラインを揃えれば、シンクさせればフェアだと言うのもまた幻想だ。法であろうが、国家であろうが、テクノロジーであろうが。ある側面からはシンクの妙、面白さはあるのは違いないが、それでもやはり話は最初に戻る。
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あなたの焦点はいまどこに?








